What's "MEN'S Precious"

享楽的「音」遍歴のすすめ

2017年01月27日

音楽に寄り添う音楽家の、奥行きあるサウンドスケープ

阿部海太郎をどう形容するかは、人によってかなり異なるかもしれない。先日亡くなった蜷川幸雄の舞台音楽(劇伴)を手がけた気鋭の作曲家、という形容が、もっともキャッチーなものといえるだろうか。今回紹介するアルバムに収められた、NHKの番組音楽を手がけた作曲家としても、よく知られているかもしれない。このように記すと、彼はいかにも職業作曲家のようである。確かにそうしたありようは、阿部自身追求しているところかもしれないが、彼の活動をある程度の期間見てきた者としては、単に作曲家というよりも、彼の活動はもっと音楽に「寄り添っている」ように思える。音楽との取り組み方に身体性というか、生活感があるとでもいうべきか。それは例えば、シンガーソングライターの音楽との繋がり方に近いのかもしれない。

 

作曲家としてスコアをつくる一方で、彼自身さまざまな楽器を演奏する。時に歌ったり、さらに口笛も巧い。融通無碍な印象すらある音楽家、それが私の中の阿部海太郎像だ。その一方で、彼はまた音楽を愛するひとりのリスナーであるとも思っている。かつて彼のレーベル「Theatre Musica(シアター・ムジカ)」で、ドイツのレーベル「Winter&Winter(ウィンター・アンド・ウィンター)」を取り扱っていたことがあった。レーベル「JMT」にて、80年代半ばから90年代にかけて、カサンドラ・ウィルソンやスティーヴ・コールマンといったM-BASE系、またはユリ・ケインやティム・バーンといったアヴァンギャルド系のジャズを積極的に紹介していたステファン・ウィンター。彼が90年代後半に新たに始めた「Winter&Winter」は、古楽からジャズ、そしてフォークロアなどに至るまで、さまざまな音楽を独自の美しいパッケージとともに世に送り出してきた。敢えてマージナルな、独自性ある、それでいて決して難解ではない音楽の魅力を提示するその姿勢には、故・黒田恭一氏ほか音楽関係者からの信頼も厚かった。阿部はそんな「Winter&Winter」を、ひとりの音楽愛好者として評価し、自身のレーベルでの取り扱いを決めたのだった。その善良な"リスナーシップ"は、いまなお彼の裡にある、というか、彼の音楽づくりを根底で支えているのは、この感覚なのではないかとも私は思っている。

 

2007年にリリースされた阿部海太郎の最初のアルバム『パリ・フィーユ・デュ・カルヴェール通り6番地』では、彼のヨーロッパ滞在時(アルバムタイトルは滞在先のアドレスである)に録音したフィールドレコーディングを交えつつ、彼自身によるピアノやヴァイオリンの演奏が断章のように出現する。そのサウンドスケープは、彼の感覚を追体験するようなインティメイトな雰囲気を備えながら、彼自身の美意識が押し付けがましくなく表現されていた。

 

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『パリ・フィーユ・デュ・カルヴェール通り6番地』



そう、彼の音楽は「過剰に迫ってこない」のだ。熱を感じさせる、または情感豊かなパッセージはあるが、聴きながら思わず手が止まってしまうようなものとは異なる。その一方で、その音世界には奥行きが感じられる。ストリングスを交えた楽団の演奏、古いピアノの演奏、そして環境音。耳を澄ますほどに、微細な音のテクスチャーを感じることができる。楽器と楽器が織りなす響きの豊かさには、アコースティックアンサンブルの力というものを改めて見せつけられる思いがする。

 

そして特筆すべきは、三拍子の巧みさだろう。ヨーロッパの舞曲、それを包含したクラシック音楽では当たり前のこのリズムは、実は日本の音楽に見いだすことが難しいものだ。阿部は三拍子を自身の楽曲に難なく取り入れ、さらにグルーヴ感を備えた演奏を実現させる。その軽快感は、フランスの作曲家による器楽曲などにも通じるものがある。さらにそのことは、彼の音楽に時空を超えた「所在なさ」をもたらしているようにも思える。

 

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『音楽手帖 Cahier de musique』

昨年末にリリースされた、阿部の最新作『音楽手帖 Cahier de musique』は、先述したように彼がNHKの番組のためにつくった楽曲を再構成したものだ。冒頭のプレリュードそしてコラール、さらに終盤テーマとして登場する「楽興の時」と題された曲がまず印象に残る。「楽興の時」といえばシューベルトの同名曲(ラフマニノフという人もいるかもしれないが)、特にリズミカルな第3番が思い起こされるが、阿部版のそれはたゆたうような旋律が、どこかノスタルジックな雰囲気を生み出す。こうした古色を避けるのではなくあえてそれと正対し、その向こうに美しい調和を見いだそうとするような阿部の姿勢には、クラシック音楽(アコースティック楽器による音楽)が現代音楽としてことさらに新奇さを追い求めた時期を経た後の、ひとつの帰着点を見る思いだ。

 

これまでの阿部の作品に比べ、どこか優等生的というか、彼の個性のひとつでもあった環境音や楽器の音の歪みなどノイズ的な音感を取り入れた曲が少ない感じがするのは、やや寂しい気もする。それでも、アルバム中盤の短く断章のような曲の連なりには、彼の制作ノートを見るような親近感を覚える。そして、ピアノや歌曲(珍しく日本語の歌)などさまざまなテイストの曲を経た耳は、終盤スケール感のあるアンサンブルに行き着くところで、このアルバムを貫くストーリー性を看取することが出来る。アルバムを聴き通すことの味わいが久々に感じられた。さらに最後のアブストラクトな音の響きとともにパッケージを手にすると、長友啓典のアートワークによるシンプルな地平線が、やけにスケール感をもって見えたのも、興味深い経験だった。

Umitaro ABE / 阿部海太郎 official WEB
http://www.umitaroabe.com/

Umitaro ABE / 阿部海太郎 official MV
https://www.youtube.com/channel/UC_NqVk2Qf_PPwoObNuHyDlw