一方で、難題を乗り越え、半世紀以上も仲良しであり続けているカップルもいます。その究極の例ではないかと思われるのが、エリザベス女王とその夫、エディンバラ公フィリップ殿下のカップル。トップ・オブ・ザ・トップに立つ女性の傍に立ち、卑屈にならず、自身の尊厳も保ちながら、愛する女性を常に立てていなくてはならない。「女王の夫」とはいったい、どんな方なのでしょうか。

 フィリップ殿下は、最近は手術や入退院を繰り返していますが、6月10日に92歳の誕生日を迎えられました。ご結婚65周年も迎えたご夫婦ですが、女王との結婚式を控えた数時間前、フィリップ殿下はこのような問いを周囲に投げかけられたそうです―

「私は非常に勇敢なのか? それとも、ものすごく愚かなのか?」

その問いに対して、どなたかがなんらかのお答えをしたのかどうかは伝えられてはおりませんが、ともかく、殿下は、「女王の夫」として常にエリザベスⅡ世に笑顔で寄り沿い続けてきました。格差婚であっても夫婦安泰の秘密はどこにあるのか? 考える手がかりを得るために、まずは彼のスーツスタイルから観察してみましょう。

グレーか紺のシングルのスーツ、白か淡いブルーのシャツ、シルクのタイと黒い靴、唯一の「装飾」がきりっと折りたたまれた白いポケットスクエア。このスタイルが実は「女王の夫」となって以来、ほとんど変わっていないことが、次の記事からわかりました。2年前、2011年6月3日付の英「ファイナンシャル・タイムズ」に掲載された、殿下のスタイルを読み解く記事です。Regally restrained.(王室にふさわしき抑制)と題されています。

以下に、ざっと超訳しながら概要を紹介しますね。

女王と結婚後、60年以上もの間、「公人」として人前に出てきたフィリップ殿下ですが、その外見がなにか批評の対象になったことは、一切ありませんでした。慎み深く、謹厳で、威厳もある、理想的なスーツ・スタイルのモデルとなり続けてきました。

完璧に抑制のきいたユニフォームであり、ゆえになんの批判も受けない。このスタイルは現政治家にも継承されています。デイヴィッド・キャメロン、バラク・オバマ、トニー・ブレア、ニック・クレッグはみな同様のスタイルです。サヴィル・ロウのテイラー組合のチェアマン、マーク・ヘンダーソンはこのようにコメントしています―「フィリップ殿下の装い方には、最高にすばらしい、目立たぬ賢さがある」。

殿下のスーツを、少なくともここ45年間つくっているのは、Kent, Haste & Lachter のジョン・ケント。1960年代に、ケントがHowes & Curtisにおいて殿下のトラウザーズをつくったことからご縁が始まりましたが、1986年にケントが独立したあとも殿下のテイラーであり続け、昨年、ケントが現在の会社をはじめたときにはすぐにロイヤルワラントを取得しています。殿下の好みは渋め、と彼は語ります―「シングルのジャケット、フロントは2つボタン、カフスは4つボタン。ベントなし。ポケットにもフラップなしで玉縁かがりのみ。トラウザーズはクラシックで、プリーツはあっても余分な幅はなし」

この40年間、メンズファッションは激動期でもありました。ロックンロール、ヒッピーカルチュア、ニューロマンティックを経てヒップホップへという流れがありました。スーツにおいても、アルマーニによる「脱構築」があり(*芯地やパッドを省いたアンコンスーツですね)、ヨウジ・ヤマモトによる再構成があり、ヘルムート・ラングやエディ・スリマンによる革新を経て、トム・フォードによる70年代風ルネサンスがありました。こうしたあれこれの騒動を横目に、殿下のスタイルで変わったところといえば、トラウザーズのカットを細くしたことと、ラペルを少し長くしたことだけ。

「殿下はカジュアルをお召しになることがあるのか?」という質問に対し、彼のテイラーはちょっと間をおいて、ドライに答えました―「熱帯にお出かけになるときには、軽量のコットンスーツをおつくりしました」。

マーク・ヘンダーソンの締めです―「多くの点で、殿下は典型的なブリティッシュ・ジェントルマンであり、スタイルは永遠であるということを私たちに思い出させてくれるのです」。

... 以上です。

「目立たぬ賢さ(low-key smartness)」を特徴とする英国紳士スタイル。服装の上ではこれを貫き、実に60年以上も批判ナシ。王室メンバーの王道をいく振る舞いといえましょう。

しかし一方、これほどタイクツなこともありません。同記事のなかでも指摘されていますが、長男にあたる現皇太子のチャールズの装いにちょっと華やかなダンディぶりが入ってるのは、父の厳格さに反抗してのこと...と見ることもできなくはない。ソフトショルダーのダブルを好み、ポケットチーフもカラフルで、パフを作って入れたりしていらっしゃいますね。この父子関係は、オーソドックスを好んだジョージ5世の好みに反して、ど派手なスタイルセッターになってしまったウィンザー公との関係を思わせるものでもあります。

父子関係の考察は別の機会にゆずるとして、きまじめスタイルを貫きとおすフィリップ殿下。装いはかくもタイクツでも、その口元から発せられることばはとんでもなく面白いのです。

―To be continued.

フィリップ殿下27歳の頃。この睦まじき姿は、今日も変わらない。
フィリップ殿下27歳の頃。この睦まじき姿は、今日も変わらない。
この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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