紳士淑女のみなさま、こんにちは。あれよあれよという間に夏が過ぎ、秋が訪れました。すっかり間があいてしまって恐縮のかぎりなのですが、われらがフィリップ殿下の巻、後半です。その一貫した装いにおいては紳士の理想として一目置かれている方ではありますが、この方は、「大胆すぎる発言」王としても有名であります。高貴なる御心のままに放たれた言葉の数々は、時に人を唖然とさせ、時に戸惑わせ、時に怒らせる。でも最終的にはあまりのばかばかしさに脱力されるか、笑いに包まれて、格好のネタにされつづける。つまり「愛されてしまう」わけです。何冊も本が出版されるほどに...。
昨年も、女王と殿下のご結婚65周年を祝うタイミングで、黄金の迷言集

『Wise Words and Golden Gaffes』 (Phil Dampier & Ashley Walton, Prince Philip著、Barzipan Publishing刊)が出版されました。

表紙イラストはじめ、ちりばめられた風刺漫画は、ベテランであるリチャード・ジョリーの手になるもの。大衆紙「ミラー」も、この本の出版に合わせ、「フィリップ殿下、65のクラシックな名言」を厳選して紹介、あらためてその天然にして大胆不敵な表現力を讃えました。

そこで今回は、いまなお伝説として語り継がれるフィリップ殿下の珠玉の迷言たちのなかから、選りすぐって8選、ご紹介したいと思います。短い英語もパンチが効いています。合わせて覚え、ここぞの時に使ってみてください(引き起こされる結果の責任はもちません)。

議論を巻き起こした問題発言は数知れないのですが、まずは、明らかに「政治的に正しくない」発言から。

1. (中国にいるイギリス人学生のグループに)

「こんなところに長い間いたら、目が細くなっちゃうよ」

(If you stay here much longer, you'll all be slitty- eyed)

2.(ワイヤーがはずれた箇所を見て)

「この工事はインド人がやったにちがいない」

(It looks as if it was put in by an Indian)

3. 「イギリスにはまだ厳格な階級制が残っていると思われている。でも公爵だってコーラスガールと結婚する。アメリカ人と結婚する貴族さえいる」

(People think there's a rigid class system here, but dukes have even been known to marry chorus girls.  Some even married Americans)」

よくぞ外交問題にならないものだとヒヤヒヤするのですが。殿下の偏見まるだしの問題発言は、全方向に配慮を行き届かせねばならない時代の空気に対する鈍感からくるものではなく、ひょっとしたら、畏れを知らない勇敢さから生まれているのではなかろうかとすら思わせる、率直すぎる喝破もあります。

4.「イギリスの女性は料理ができない」

(British women can't cook)

5.(マドンナが「ダイ・アナザー・デイ」の主題歌を歌うと知らされて)

「耳栓をしたほうがいいか?」

(Are we going to need a ear plugs?)

よくぞイギリスの女性やマドンナのファンからバッシングを受けなかったものだと思います。正直すぎる発言にはただただ笑うしかないのかもしれません。オトナはそういう対応で流していけますが、しかし、この容赦なき率直さが子供たちにも向かうとしたら。

6.(将来は宇宙飛行士になりたいと語った12歳の少年に対し)

「きみは太りすぎているから無理だろう」

(Well, you'll never fly in it, you're too fat to be an astronaut)

この殿下の一言が、この子が夢をあきらめるきっかけになったとしたら、なんと酷なことでしょう。いや、たとえそうであっても、方向転換のおかげでこの子が他の天職に巡り合えていることを祈りたいと思います。

そんなこんなの失言、危言が続くなかにも、真実をズバッとついて痛快な金言が光ることがあります。

7. (80年代の不況時に)

「国民は、我々の生活にはもっと休みが必要だと言ってたくせに、今度は仕事がないなどと文句を言っている」

(Everybody was saying we must have more leisure.  Now they are complaining they are unemployed) 

8.(カリブの病院にて)

「あなた方が蚊に悩まされるように、私はマスコミに悩まされる」

(You have mosquitoes. I have the Press)

 イギリス紳士のユーモアなる知的な穏やかさとは一線を画す、率直すぎてヒヤヒヤものの、ファニーな放言。政治的正しさなど知ったことではない、つっこみどころ満載の危言。でもときにはそれが、ずばっと真実をついていたりして、イギリス人はそんな失言王を、「危険公爵」「ギリシア人フィル」と、からかいながらも、こよなく愛してやまないのです。殿下のほうも、「蚊のようなマスコミだ」などと言いながらも、別に失言癖を改める努力をするわけでもない。

実際、「決して賢く立ち回るキャラではない」殿下のキャラクターこそが、英王室の伝統にきわめてしっくりなじむのです。では、イギリス人にとって、いったい王室とは何なのでしょう? 

それまで、ごきげんよう。

この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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