紳士淑女のみなさま、こんにちは。

前回、「イギリス人にとっての王室の意味」について書きますと予告し、その準備もあるのですが、クリスマスデートのプランなどの話題もちらほら聞かれるこの時期に、男と女の関係におけるささやかで重要な話としてお耳を傾けていただきたいことがでてきましたので、そちらを先にご紹介することをお許しください。

香水のお話

まもなく発売になるメンズプレシャス冬号で、たまたま、香水に関するコメントを求められたのがきっかけです。正確には、「映画の銘品」に関するコメントですが。映画のなかに出てくる印象的なアイテムとして、香水を紹介しました。紙幅の都合上、お伝えしたいことをすべてお伝えすることがかないませんでしたが。

また、このウェブサイト上でも、林信朗さんの男のフレグランス講座が大盛況。専門書のご紹介もあり、とても楽しく勉強になります。というわけで、本誌でもウェブでも、読者のフレグランスに対する関心を喚起しているこの時期に、紙幅やモラルの制限ナシに(笑)、「男と女の関係における香水」というポイントにしぼって、私がかねてより感じていたことをお伝えしたいと思います。

メンプレ本誌(編集部註:12月6日発売の冬号)においては、香水が印象的に使われる映画として「セント・オブ・ウーマン」という映画を紹介します。本誌ではちらっと一言なので、ここではたっぷりサービス。

盲目の退役軍人フランク・スレード中佐を演じるアル・パチーノが、女性教授の香水の銘柄を言い当てるシーンがあります。初対面なのに「結婚してるのか?」とずけずけ聞いて教授を戸惑わせた後、次のような会話が続きます。

フランク: 「そのうち一緒に、おしゃべりしましょう。政治のことやなんかを」

      (一呼吸おいて)

フランク: 「フルール・ド・ロカイユ。  ......岸辺に咲く花」

ミス・ダウネス:(ちょっと驚き) 「その通りよ」

フランク: 「この香りをたどればあなたのところへ行ける」(I'll know where to find you)

しびれますね。キャロンの古典的名香の銘柄を正確に言い当て、その香りをたどればあなたを探すことができるというこの会話、目が見えない男だからこその艶やかなやりとり。マイナスと思われていることを逆に最大限に生かしてストレートに女性に迫るこのふるまい、なんとも素敵です。では、そうではない男が、女の香水の銘柄を言い当てるというのはどうなのか? フレグランスにお詳しいあなたなら、つい、言い当ててしまいたくなる衝動にかられましょう。でも、ちょっと待ってください。

かつて、「ラルチザン・パフュームのシャッセ・ォ・パピヨン」と言い当てられたことがあります。
しまった、と思いました。以後、ぜったいに言い当てられないようにボディクリームとパフュームを適当に変えて、複雑(でもケンカしないように)というか曖昧な香り立ちにするように意識するようになりました。女性として振舞うときには、ミステリアスな印象を与えるのがいちばんいいと思うので。
同時に、こんなマニアックなブランドを言い当てられるなんて、オタクっぽくてブキミ、とも思いました(すみません)。あるいは、過去にたくさん遊んでいらしたのかしら、とも訝ってしまい、いずれにせよ、その男性との距離は遠ざかりました。

ファッション業界の男性でしたらば、知識があるのは当然ですから、香水の名前が楽しい会話の糸口になりましょう。しかし、それ以外の男性の場合、相手をよく見て、自分との距離を正確に計り、ケース・バイ・ケースで、慎重にセリフを言ったほうがよいかと思います。

あくまでこれは私の個人的な感覚ですが、女のたくらみに対し、男は気づいても気づかないフリをしていたほうがセクシーです (そもそもたくらみにまったく気がつかないのは、また別の問題です。)
たとえあなたの香水の知識が豊富で、すぐに銘柄がわかったとしても、「なんだかわからないけど、いい香りがするね」くらいのコメントのほうが、奥ゆかしさを感じます。
ちょっと飛躍しますが、超遊び人の男性から聞いたお話。キャバクラやバーで本気で口説く相手は、「香水をつけていない女性にかぎる」のだそうです。香水のにおいが服について、家に帰るとバレるから(笑)。それを知る酒場の女性たちは、抱きつかれないようにするために、フレグランスをたっぷりふりかけるとのこと。フレグランス=抱きつかれ防止剤、として使われるわけですね。

ここにもまた、同胞の女ですら知らないであろう、女のたくらみがあります。それでは、男性がつけるフレグランスについてはどうなのか?という「よくある質問」に対しての、お答え。くどいですが、あくまでも私の個人的な感覚に基づく考えです。とりあえず、ジェニファー・アニストンの至言を紹介するにとどめましょう。

「この世でいちばんいい香りは、愛する男のにおい」。

その人の一部となっている香りでさえあれば、基本的に、なんでもいいんです。チープな整髪料のラベンターのにおいでさえなければ。ある知り合いの女性は、パティシェと恋におち、明治屋のバニラエッセンスを「彼のにおい♡」と持ち歩いていました。マニュアルに頼ることをやめ、まずは清潔にしたうえで自分のオリジナルな存在感を放つことから、ですね。そもそも存在に関心すら抱かれない男は、なにをつけても関心をもたれませんし(厳しい真実でゴメンナサイ)、メンズファッション関係者にも愛用者が多いペンハリガンの「ブレナム・ブーケ」などにしても、つける人の「人柄」によってまったく違う印象の匂いとして香ってくる、ということをお伝えしておかねばなりません。よい香りだったものが、男の裏切りが発覚したあと、悪臭に転じるということもままあります。しかも、前述のケースと同様、状況によっては男も無臭でなくては、という「女が決して明かさない女のたくらみ」があるかもしれないことまで、よくよく考えておきましょう(笑)。

フレグランスが分子として存在するのはたしかですが、「におい」はあくまで、存在、言葉、行動、触感、味わい、つまりトータルなあなたの印象そのものとして嗅覚に届き、記憶に永くとどまるのです。......なんてことを心の片隅にとどめ、上質なフレグランスとともに香り高いホリデーシーズンをお過ごしください。

(映画『セント・オブ・ウーマン』より)
(映画『セント・オブ・ウーマン』より)
この記事の執筆者
日本経済新聞、読売新聞ほか多媒体で連載記事を執筆。著書『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮選書)ほか多数。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)6月26日発売。
公式サイト:中野香織オフィシャルサイト
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